うたをうたう
旅も終わりに近いころ、太極拳の重鎮であるおばあさんにお会いした。
先生(←日本の)が、「是非みんなもお会いしてみるといい」と、連れて行ってくださったのだ。
その方は、80歳を超えているので、足も悪いし、耳も遠いが、話す声は力強い。ひとりづつ名前をいってご挨拶をしたのだが、はっきり聞こえないと「え?もっとはっきりと!何といっているのかわからない!」とご機嫌が少し悪くなる。まあ、そこもあっけらかんとしていていいのですが。
部屋にみんなの分の椅子を用意して、太極拳のことや昔先生をしていたときのことなどたくさんお話してくださった。
話もつきかけると、「あんたは、なにか歌がうたえるか?」
指名された男性は、「歌っていっても…」と戸惑いながら、「北国の春」を歌った。(中国でも有名らしく、ガイドさんのほうが歌詞をよく知っていた…。)
他、先生やガイドさんが次々と歌をうたい、その方もお返しに歌ってくださった。
それぞれの国や地方の歌って、流行歌でも古くからの民謡でも、「交流」にはもってこいのような気がする。歌や音楽ってやっぱりその場をなごませる気がするのだ。
日本でも、よく岩手の方々とお会いする機会が多いのだが、民俗芸能をされているせいか飲み会の席で、その土地に伝わる歌をご披露してくださることがよくある。
それを聞くと単純に歌声が「いいなぁ」、と思うのと同時に、自分にもなにか自分の生まれた土地にまつわる歌がうたえたらいいのに、と思う。
そういうものを持たずに育ったから、いまさら無理なんだけど、童謡でも普通に知られている歌でも、「慣れ親しんだ歌」っていうのは持っていてもいいような気がする。そういう「持ち歌」があると、なにかの機会に便利でもあるし、「ライナスの毛布」のように持っていて安心するような気がするのだ。


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